古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいい

古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいい

みなさん、おはようございます!タカハシ(@ntakahashi0505)です。

こちらの記事は、タカハシが音声メディアVoicyの「スキルアップラジオ」にて放送した内容から、ピックアップしてお届けします!

今回のテーマは、古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいいです。

#635 古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいい | タカハシノリアキ「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」/ Voicy - 音声プラットフォーム
音声放送チャンネル「タカハシノリアキ」の「#635 古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいい(2024年3月3日放送)」。Voicy - 音声プラットフォーム

なお、以下で実際にお聴きいただくこともできます!

では、よろしくお願いいたします!

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Hotトピック「古典の授業は必要か」

今日は、久しぶりにHotトピックについてお話をしたいなと思っています。

テーマは、「古典の授業は必要か」というものになります。

このテーマは、結構何度もネットとかSNSで話題になったりするんですが、ここ最近も再燃しているっぽいんです。

古典や漢文などの授業がいらないと言う人たちは、将来使わないことがほとんどであるにもかかわらず何のために勉強するのか、他の実用的なことにもっと時間をかけた方がいいと主張しています。

一方で、必要だと唱える人たちは、日本の文化を知るために必要なんだという意見を持っているわけです。

子供がやるかどうか自分で決めたらいい

これに関しての僕の意見なんですが、そんなの大人が勝手に決めずに、子供たちが自分で考えてやるかどうか選んでもらえばいいじゃんと思います。

古典や漢文が好きな子や知りたい子、やってみたい子はどんどん勉強すればいいですし、そうでない子は無理にやらずに、その時間を使って別のことを学べばいいと思っています。

実際、僕自身の経験で言うと、僕は高専に行っていましたので、どちらかというと理系、工学系の授業が多めにあった代わりに、古典とか漢文などの授業はなかったんです。

それについては無くてよかったかなと思っています。というのも、当時の僕はそういった古典や漢文に興味がなかったからなんです。

無理やり学んだところで何かいいことあったかなというと、そうじゃないんじゃないかと思います。

決められない大人にならないように

「日本の文化を知る良い機会になるし、そういった知る機会があるからこそ、興味がある人を発掘できる。だから一通りみんなに古典や漢文の授業を送ってもらった方がいい。」そんな意見もあるかもしれません。

確かにそれはそうだなと思います。

一方で、心を動かされたり感動したり、そういった気持ちを育てるための機会もあった方がいいよね、と主張する人たちは、子供たち全員に音楽の授業をやってもらった方がいいと思うわけです。

さらに、近年ITが急速に普及してきて世の中をどんどん変えている。ITプログラミングにもふれた方がいいと主張する人がいて、確かにそれもそうだなと思うわけです。

ただ、だからと言って、大人が必要だと勝手に決めてあれもこれも押し付けている時点で、全部台無しと言ってもいいんじゃないかと思うんです。

なぜなら、自分にとってどんな学びが重要なのか、どんな学びをすると自分がもっと輝くのか、そういったことを自分で考えて決める。

今で言うと、そういった能力はものすごく重要になっているわけなんですが、その重要な能力を発揮する機会を大人がこっそり奪ってしまっているわけです。

そういう風に育った子供たちは、大人になった時に、自分で決められない、自分で何を学べばいいかわからないことになりかねないんです。

学ぶかどうか決められない大人が増えている

「リスキリング」は、日本政府としてもこれを推進していきたいし、ニュースメディアでも報じられることが多いですが、実際にはなかなか進んでいないという現状があります。

ビジネスパーソンの約半分の人たちは、「何も学んでいないと自らアンケートに回答する状態になってしまっているんです。

僕は、この残念な結果は、子供が学ぶべきことを大人が全部決めすぎてきてしまい押し付けてきた、その結果なんじゃないかなと思っています。

学びにも遊びを持たせて創造性をはぐくむ

さらに、あれもこれもやった方がいいということで全部詰め込もうとすることによって、子供の時間はもちろんなんですが、先生の時間もどんどん圧迫されています。

学校という学びの場が、すっかり遊び、余裕がなくなってしまっている状態になってしまっています。

教育現場で言うと、やれと言われたことを回すだけで大人も子供も精一杯になってしまっているわけです。

そういったやれと言われたことだけで埋め尽くされている空間、時間では、創造的なことは何ひとつ出てこないわけです。

ではどうすればいいかという話なんですが、やはり、余裕、遊びを持たせるってことです。

その良い例で言うと、Googleが過去に採用していた20%ルールというのがあります。業務のうち20%は自分が好きなプロジェクトにその部分のリソースを使っていい、そういったルールなんです。

この20%ルールの中から、全世界誰もが使っていると言っても過言ではないGmailやGoogleマップなどのプロダクトが生まれたというのは有名な話です。

子供たち一人ひとりが考える

ということで、もう一度今日のホットトピックのテーマ「古典の授業が必要か」というところに戻りたいと思います。

僕の意見としては、それは大人が決めることではなく、子供たち一人ひとりが考えればいいことと思っています。

もしやりたい子がいれば、どんどんそれをやってもらえるような環境を作ればいいと思います。

そこには好奇心がありますのでモチベーションも維持できますし、学びの質もいいものが期待できます。

どんどん深掘っていって、自分ならではの発見とか気付き、高みに到達できる、そういった期待がありますよね。

一方で、やりたくない子はやらなければいいと思います。無理にやらせても嫌いになるだけですし、学習効率も悪いものになってしまいます。

結果的にテストが終わったら嫌いになって何も覚えてないような状況になってしまうわけですね。これはせっかく学びにかけた労力とか時間ももったいないですし、結果損しかないわけです。

その子がいつか古典の知識を必要とする時が来るかもしれません。その時は、それがめちゃくちゃ得意な人を見つけて、頼ったらいいんじゃないかなと思います。

その代わり、自分が古典ができない代わりに、自分の好奇心を持って、どんどん学びを高めた部分で活躍して、お金を稼いだり価値を提供したりができればいいんじゃないかなと思います。

今日は、「古典の授業が必要か」というテーマで話をしてきました。

何度も繰り返し議論に上がるテーマかなと思うんですが、皆さんはどのようにお考えになられたでしょうか。

まとめ

ということで、今日はVoicy「スキルアップラジオ」の放送から「古典の授業は必要かどうかは子どもたちに決めてもらえばいい」をお届けしました。

タカハシのVoicyの放送はこちらからお聴きいただけます。

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では、また。

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