憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係

憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係

みなさん、おはようございます!タカハシ(@ntakahashi0505)です。

こちらの記事は、タカハシが音声メディアVoicyの「スキルアップラジオ」にて放送した内容から、ピックアップしてお届けします!

今回のテーマは、憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係です。

#385 憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係 | タカハシノリアキ「『働く』の価値を上げるスキルアップラジオ」/ Voicy - 音声プラットフォーム
音声放送チャンネル「タカハシノリアキ」の「#385 憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係(2023年6月27日放送)」。Voicy - 音声プラットフォーム

なお、以下で実際にお聴きいただくこともできます!

では、よろしくお願いいたします!

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憂鬱な気分をどうやって晴らすか

今日はハッシュタグ企画「#憂鬱な気分を晴らす」についてお話をします。

パッと思いつく方法いろいろありますよね。

たとえば、睡眠をしっかりとるというのもありますよね。あと、運動をする人もいるかもしれません。

あとは、話を聴いてもらうということですね。友だちと飲みに行ったりとか。

コーチングとかも本当におすすめだと思います。

今日起きたことをノートとか日記に書いて整理するとか。

ハッピーな映画を観て、めちゃくちゃ笑ったりとか、逆にすごく泣ける映画を観て、ぼろぼろ涙を流すとか。

集中するというのもありますね。絵を描くとかパズルとか。

それからよく聞くのは温泉に行くとか、旅行ですね。特に海外とか行くと全然文化が違うので、気分もがらっと変わりますね。

そんなかんじで憂鬱な気分を晴らす方法はいろいろ考えられるんですけれど、他のパーソナリティさんもお話しそうなので、ちょっと別の話をしたいなと思っています。

僕自身はあまり憂鬱な気分にならない

そもそも、僕自身は基本的にあんまり憂鬱な気分にならないんですね。

それはなぜかというと、別に僕がすごくメンタルが強いわけではなくて、単純に嫌な人とか苦手な人とかと一緒に仕事をしなくて済んでいるからだと思います。

一人で仕事をしていますので、ちょっと嫌な人がいたとしても、さっと仕事が終われば関係は終わりますし、ずっと我慢しながらつきあうというのは必要がないわけなんですよね。

憂鬱の99%は人間関係による

ちゃんと測定したわけではないんですけど、僕リサーチでは憂鬱の99%は人間関係によるものだと思っています。

でもリスナーの多くの皆さんは組織つながりがあって毎日仕事をしなければならない状況にあると思いますので、そんな中でどうやったらいいかという話をしないといけないんですね。

憂鬱を完全に晴らすのは難しい

その点、僕はその憂鬱を完全に晴らすというのは難しいとは思うけど、憂鬱を増やさないために心がけられることがあるかなと最近思っているので、それについてお話をします。

日本人はハイコンテキストコミュニケーションをしがち

まず前提として、日本人のコミュニケーションのしかたは、ハイコンテキストコミュニケーションになりがちと言われています。

コンテキストというのは文脈という意味ですね。文脈理解が強い状態を前提としてコミュニケーションする、そういったコミュニケーションが多いというふうに言われています。

つまり、みんな基本的に日本語を使い、ほぼ同じ教育を経て、単一文化の島国です。お互いが持っている前提知識が共通のものとしてコミュニケーションができるということです。

したがって、少ない言葉でコミュニケーションができると言われていて、さらにその隙間は空気とかあうんの呼吸とか、そういったもので埋められるというふうに言われています。

ただ実際は、それでうまくコミュニケーションできていないから憂鬱になるのだけど、ハイコンテキストコミュニケーションだとそれができると信じているし、そういうふうにしようという力が働くといったことがあるかなと思います。

ローコンテキストコミュニケーションの文化はたくさんある

一方で、海外に行くと、日本よりもはるかにローコンテキストコミュニケーションの文化がたくさんあるんです。

これはハイコンテキストの逆です。

つまり、人種も違うし、最初に学んだ言葉も違うし、価値観も違う、そういった人たちがコミュニケ―ションをとるには、お互い前提知識が全く違うわけなので、言わなければ伝わらないことがいっぱいあるので、言葉に頼る必要があるということなんです。

コミュニケーションの隙間を悪い想像で埋めてしまう

このハイコンテキストコミュニケーションを中心にコミュニケーションしているということに端を発して憂鬱度を増してしまっている日本人が多いのじゃないかなと僕は思っているんですね。

何かというと、言語でコミュニケーションしていない、その間は、空気を読むとか、つまり自分の頭の中の想像で埋めるのだけど、その想像が勝手に悪い方向に想像していることがあるんじゃないかと思っています。

たとえば、会議の進め方がいまいちだなと常に思っていて、自分としてはこうしたほうが会議の生産性が上がるんじゃないかな?と思っていたとしても、それを上司に相談してみるということをしないわけなんです。

どうしてかというと、そんな相談をしたら、今までこの方法でやってきたんだから、若造がとやかく言うんじゃないと言われそうとかですね。

または、じゃあお前が次回から会議のファシリテーションをやってみせろ、お前が全部責任を持ってやれよとか言われそうとかですね。

そういった、そのアクションを起こしたときの勝手な上司の悪い反応をイメージしてモヤモヤしてしまう。

自らの想像で憂鬱度を生み出している

つまり、自らの想像で憂鬱を生み出してしまっているということなんです。

あとは、ある結果だけを見て、その原因は何か悪いことがあったんじゃないかと思ってしまうということもあると思います。

たとえば、これまではそうじゃなかった同僚が、なんか今日はそっけない態度をとっているとします。その原因としてそういえば自分がいい営業成績をとったらからといって、彼が妬み始めてしまったのではないかと勝手に予想してしまうということです。

別に上司とか同僚からすると、実際にそう言ったわけではないのに、実際にその言動の隙間を勝手に悪いふうに予想して、もやもや憂鬱な気分になってしまうことがけっこうあるんじゃないかなと思います。

実際に見たり聞いたりしたこと以外で悪い予想をしない

なので、おススメとしては、実際に見たこと、自分の耳で聞いたこと以外は、勝手に悪い予想をしない、何もなかったままにしておくというのが憂鬱を減らす方法としてはあるのではないかなと思います。

実際に、上司に相談してみたら、毎回酷い返しが返ってくるなら、それはもう別の話かなと思います。

たとえば話すタイミングとか、上司の体調とか、会社の優先順位が変わったとか、上司のパーソナリティ以外のファクターもけっこう絡んでいると思うんですね。

なのでいつも絶対そうと決めつけずに、これだったら話を聞いてもらえるんじゃないかなというもちかけかたをして、タイミング見て相談してみたらいいんじゃないかなと思います。

あと、そっけない同僚に関しても、気にせず雑談してみたらいいと思います。

なんか今日素っ気なくない?元気ないの?と、そんな話をしたらいいと思います。

憂鬱を自ら増やす必要はない

そんなかんじで対人関係の中で憂鬱を自ら増やす必要はないと思います。

つまり、ハイコンテキストコミュニケーションの中で、空気とかイメージとかで補完した情報を、勝手にネガティブなイメージで補完しないということです。

もし対人関係で憂鬱な気分になっているとしたら、そういったことをしていないかと確認してみると、もしかしたらそうだったと思うこともあると思います。

まとめ

ということで、今日はVoicy「スキルアップラジオ」の放送から「憂鬱と言語コミュニケーションの隙間の関係」をお届けしました。

やっぱり今の時代でいうと、どうしても価値観は多様になりつつありますし、終身雇用も崩れ始めてますので、その組織のコンテキストに染まるのがすごく大事かというと、その大事さも徐々に失われつつあるんじゃないかなという所はあります。

そういった意味でいうと、ちゃんと言語化をして伝える、ローコンテキストなコミュニケーションができるようにしていくというのは自然な流れというか、そのほうが上手く仕事が回るようになっていくんじゃないかなというふうに思います。

リスナーの皆さんはどう思いますでしょうか。

タカハシのVoicyの放送はこちらからお聴きいただけます。

チャンネルのフォロー、コメント、SNSでのシェアなどなど、楽しみにお待ちしております。

では、また。

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