みなさん、おはようございます!タカハシ(@ntakahashi0505)です。
こちらの記事は、タカハシが音声メディアVoicyの「スキルアップラジオ」にて放送した内容から、ピックアップしてお届けします!
今回のテーマは、逃れられない運命の影響とどう向き合うのかです。
なお、以下で実際にお聴きいただくこともできます!
では、よろしくお願いいたします!
運命信じる信じない
運命とは
おはようございます。タカハシノリアキです。本日のテーマは「運命信じる信じない」になります。
運命という、結構大きなテーマなんですが、デジタル大辞林を調べると、こんな定義で紹介されていました。
人間の意志を超越して、人に幸不幸を与える力、その力によって巡ってくる幸不幸の巡り合わせ、運・運命のなせる技。運命を辿る。
このように書いてあります。
人それぞれ幸不幸はあったりなかったりするんですが、その本人の意思を越えて、超越してやってくる幸不幸というのが運命だということだそうなんです。
皆さんは、この運命を信じますでしょうか。
親ガチャの哲学
さて、この運命という言葉なんですが、幸福の側面もあれば不幸の側面もあります。
その不幸の側面の運命。その一種でもある親ガチャという言葉に関して、哲学者の戸谷洋志さんが論じた『親ガチャの哲学』という書籍がありまして、これを最近読んだので、その中から今日はいくつか話をしていきたいなと思っています。
親ガチャとは
親ガチャという言葉なんですが、もっと裕福な家庭に生まれたかったなとか、魅力的な容姿に生まれたかったな。そんな願望があったとしても、人はどうしても、生まれてくる時代や場所、そして家庭環境を選ぶことはできないわけです。
そのような出生の偶然性によって、どのような大人になるのかとか。どういうキャリアを歩むのか。その人の人生はどうしても左右されてしまうわけです。
それが良くない方向に左右されてしまう。そういったことを表す言葉、そしてそれを愚痴っぽく自虐的なニュアンスを持たせて表現する言葉として、親ガチャという言葉が若者を中心によく使われるようになってきたということなんです。
親ガチャ的厭世観
こちらの書籍の中では、自分の人生が生まれた時の状況によって決定されており、その運命を変えることはできないという人生観。そのような人生観を親ガチャ的厭世観と呼んでいます。
その分かりやすい例えとして、ワンピースのエースとか進撃の巨人のジーク。それからポケモンのミューツーなど。こういったキャラクターを使っています。
確かに、多くのフィクションの中では、出生の偶然性に悩むそういったキャラクターが、非常に魅力的なキャラクターとして、もしくは物語の中で重要な役割を果たすキャラクターとして描かれているということが、少なくないですよね。
ただ、そういった親ガチャ的厭世観に悩む。そんな人生を送っているのは、フィクションの中に住んでいる人々だけではなくて、このリアルな世界にも存在しているということなんです。
スピノザの決定論
さらに、この親ガチャの哲学の中では、スピノザと呼ばれる有名な哲学者の決定論といわれる有名な理論が紹介されています。
以下のような理論です。
あらゆる自然現象と同様、人間の行為は先行する原因によって完全に決定されている。自由意思で行為していると勘違いしているだけだ。
このような驚くべきことをスピノザさんはおっしゃっているわけです。
感覚的に我々人間はある物事を自分で決定して、その決定に従って行動しているんだ。そのように信じていますよね。なので、このスピノザの決定論と我々の感覚。大いにずれている気はするんです。
ただし、哲学的な観点で言うと、このスピノザの決定論というのは無視することができない存在だそうなんです。
このように、ここまでの話でいうと、出生による偶然性という観点で言うと、良い影響はもちろんなんですが、良くない影響も我々はどうやっても受けてしまう。
運命を信じる信じない以前に、その影響からはどうやっても逃れられないものなんだということなんです。
では、そのように出生によって定められてしまった人生。親ガチャ的厭世観と個人としても社会としても、向き合っていかないといけないんですが、どのように向き合っていくのか。そういった議論になっていきます。
長野大学教授の早坂淳さんとの学びのゼミナール
人生の道しるべとなるようなコンパスを手に入れたのかという話
さて、ここで1度話が飛ぶんですが、先日行われたスキルアップラジオライブ。
長野大学教授の早坂淳さんとお送りしている学びのゼミナール。
その中で、早坂さんと僕がそれぞれ、どうやって人生の道しるべとなるようなコンパスを手に入れたのかという話がありました。
早坂さんがどうやってそのコンパスを手に入れたかという話なんですが、とにかく、人生において楽しい方・ワクワクする方。それを常に選んできたとおっしゃっていたんです。
それを選び続けてきたら、今に至っている。それは、局面局面でいうと、個人のわがままのように選んできたんですが、どんどんその方向に掘り続けていくと、結果的に色々な人とつながることになった。そして、行き着いた先は、たとえるのであれば地下水脈のような大きな流れがあるようなところにたどり着いて合流した。そういう感覚がある。そのようにおっしゃられていたんです。
今思うと、そのたどり着いた地下水脈のようなもの。これが運命に近い存在なんじゃないかなと僕は思ったんです。
親ガチャ的厭世観と向き合う鍵がつながり
そこで、もう1度親ガチャの哲学の方に戻るんですが、社会や個人がどう親ガチャ的厭世観と向き合うのか。その鍵となるのがつながりと伝えられていたんです。そして、そのつながりの中で、聴いてもらうことだ。そのように語られていました。
先ほどお伝えした早坂さんがやってこられたように、人とつながって何か楽しいこと、ワクワクすること。そちらの方にどんどん歩を進めていく。
もしくはそういった仲間に入れてもらう。そして、話を聴いてもらったりとか、対話をしたりとか、そういったことをするといいよという話なんです。それによって、残念ながら、自分が引き受けざるを得ない運命と向き合いやすくなる。そういった話なんです。
コミュニティやつながりの価値
この辺り、書籍でいうと後半のパートになってくるですが、ちょうど僕自身今年は聴くことをテーマにしていて、そこを頑張ろうと思っていました。ここに来て聴くことが、その処方箋であるということが出てきて、雷に打たれたような、そんな感覚を味わうことになりました。
そして、僕自身ノンプロ研というコミュニティを運営しています。
そこで、人がつながり合って学び合っているですが、そういった人と人とがつながり合って、楽しくコラボレーションしたりとか、それによってワクワクするものが生まれてくるとか。そういったものを間近で見られるってことは、すごくありがたいことだなと思うんです。
今の時代で言うと、人と人とがつながり合う。そのような場所が、どんどん失われてしまっている。そのように言われているわけです。
ただ、一方で、テクノロジーも大いに発展してきていて、また新しい形で、人と人とがつながれる。そのような環境も整ってきているわけです。
ぜひ、皆さんにそういったつながり、どんどん広げていっていただきたいなと思いますし、僕はそのようなつながりの場、もっといい場所にしていきたいなと思った次第です。
ということで、今日は「運命信じる信じない」このテーマに関して、つながりやコミュニティが持つ新たな価値について発見することができました。皆さんの考えるヒントになればいいなと思います。
まとめ
ということで、今日はVoicy「スキルアップラジオ」の放送から「逃れられない運命の影響とどう向き合うのか」をお届けしました。
タカハシのVoicyの放送はこちらからお聴きいただけます。
チャンネルのフォロー、コメント、SNSでのシェアなどなど、楽しみにお待ちしております。
では、また。